死者を頼る

死者を頼る

◆800文字

この町の桜の下に、死者の大切なものを埋めると死者を蘇らすことができる。
そんな与太話にすら縋ってしまうほど、僕は追い詰められていた。
深夜二時の裏山は、春の香りと冬の寒さが共存している。

満開の桜のざらついた根が露出しているところを避けて、穴を掘る。
母さんが大切にしていたターコイズの指輪を入れると、僕は祈るように両手を合わせた。

しばらくすると、まるで植物が芽を出すように見慣れた手が地面から出てくる。

「母さん……?」
「ユウくん。どうしたの?」

皴だらけの手が、地面を掘り起こすように動く。聞こえにくいが、間違いなく母さんの声だ。

「どうしよう、僕、取り返しのつかないミスをしちゃって」
「落ち着いて。ユウくんはいつも頑張ってる。ミスぐらいどうってことないよ。辛いなら、逃げたっていい……」

そう話すと、母さんの手はまるで枯れるように骨となり、土に還った。

「――母さん、待って!」

返事はない。僕は用意していた父さんのネクタイピンを埋めて、また両手を合わせた。

白髪交じりの頭が勢いよく土から出てくる。土を払うと、あの日のままの父がいた。

「父さん、どうしよう。僕、こんなんじゃまた部長に叱られる! いつもいつも会社で……みんなにも怒られているのに……」

父さんは悲しそうに微笑む。

「……ユウスケ、お前はもう楽になってもいい。よく頑張ったんだ」

それだけ言うと、まるで崩れ落ちるようにして父さんは土に還った。

「待って! 僕はどうしたらいいのさ!」

だめだ。こんなにすぐ消えるなんて……。
大切なものの数が足りない。いったん家に帰らないと……。

     *

家に帰ると、妻が玄関先に立っていた。

「な、なんで」
「一緒に植えた桜の苗木のことも、全部全部忘れていたのね」

妻の手には、庭に埋めたはずの血が付いた包丁が握られている。
ああ、そうだ。あれは妻が大切にしていたものだった。
妻は鬼のような形相で、勢いよくこちらに刃を向ける。

「このクズ旦那、よくも私を……」

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