死のニオイ

死のニオイ

◆実話怪談
◆1,000文字

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死のニオイ

 特別養護老人ホームで働いていたときの話。

 医療や福祉の職場では、けっこうな割合で「死のニオイ」がわかる人間がいる。
 ツンと感じるそのニオイを感じたあと、早ければ数日の内に亡くなってしまう……なんてこともざらにある。

 同僚の田中さんも「死のニオイ」がわかる人だった。そして、その的中率は目を見張るものがあった。職場で働いているスタッフ達にも「Aさん、田中さんが臭うって言ってたからもうすぐかも。気を付けないと……」なんて、注意喚起にも使われているほどだった。

 田中さん自身も自分の「死のニオイ」を感じる能力に自信を持っていた。彼女が言うには、がんが進行している時のにおいや、肺炎が重症化した時にも独特のニオイがあるらしい。実際彼女が異変を感じてから、その病気の進行が認められることもあった。ドクターやナースからも「よく気付くことができる人」と一目置かれていた。

 しかし、この能力もいいことばかりではない。知りたくもない身内の死を先に知ってしまうことがある。
 田中さんは義父を在宅介護していた。仕事でも介護をして、家でも介護をしているので田中さんの心労は計り知れないものだったと思う。

 そんなある日、田中さんが暗い顔をして出勤してきた。いつも笑顔を崩さない田中さんらしくないと思い、私は声をかけた。

「おはようございます。あの、顔色が悪いように見えますが大丈夫ですか?」

「ああ、ありがとう。……言いにくいのだけど、家で介護している義父が臭うのよ」

 田中さんが臭うということは「死のニオイ」のことだろう。私はできるだけ傷つけない言葉を選びつつ、問いかける。

「もし心配なら病院で相談してみたらどうでしょう? 仕事は気にせず、今日は早退してもらっていいので」

 田中さんは大げさに手を振ってそれを拒否した。

「病院なんて連れていかないわよ! 長生きされても困るから。ただ、部屋のニオイがきついのよ。帰るのも憂鬱」

 田中さんはそう言うと、更衣室に入っていった。


 話を聞いた私には、なんとも言えない後味の悪さだけが残ったのだった。

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