◆1,700文字
「克彦は絶対に事故死なんかじゃありません」
私がそう言うと、刑事は困ったかのように頭を掻いた。
「有森さんがそう思いたい気持ちはお察しします。でもね……事実は変えられないんですよ。現場には事故死と判断できる材料も――」
「私が思うに、これは他殺の可能性があります」
刑事の話に割って入ると、露骨に嫌な顔をされた。
もうひとり、後ろにいた警官となにやら目くばせをしている。
「……わかりました。有森さんのお話を聞くのも我々の仕事。どうぞ、気になる点があるならお話しください。おい、ここは俺が聞いとくから戻っていいぞ」
四畳半ほどしかない部屋から警官が出ていき、私と刑事のふたりきりになった。蛍光灯がこうこうと点いているのに、なぜだか暗く息苦しい雰囲気が部屋に充満している。
「ありがとうございます。もう一度言いますが、克彦は殺されたかもしれません。克彦は事故死するような、そんな行動をする人ではありません。短大時代からずっと付き合っている私が言うんです。信じてください」
刑事は「ふむ」と声を漏らしながら、メモ帳に何かを書き込む。
「いや、現段階では事故死としかいえません。メントスコーラが原因の事故死です」
「一度確認します。よく動画サイトの人達がしているあれですよね? メントスをコーラに入れると、まるで噴水みたいになるやつ。あれで死ぬなんてことありますか?」
怒りと不安で震えてくる。握りこぶしを作りそのなかに感情を押し込めた。刑事は机に両の肘をつき、なだめるように説明をする。
「彼……克彦さんはメントスを錠剤のように五粒飲み、そのあとにコーラを流し込みました」
「……それが原因で窒息死したんですか? そんな馬鹿な話ってないでしょう! だいたい、克彦は短大ではゼミ長までしていた人徳者なんですよ。メントスコーラで死ぬなんて、ありえない」
「死因は窒息ではありません。これは言いたくなかったのですが、直接の死因は頭部外傷によるものです」
刑事のその言葉を聞き、私は思わず立ち上がった。
「ほらやっぱり! 頭部外傷……つまり、頭を何かで殴られたりしたんですよね? やっぱり殺人……克彦に恨みを持ってそうな人物は――」
「有森さん! 落ち着いてください」
私が推理を始めようとすると、刑事はそれを止めてきた。
「なんでですか? 克彦が殺されたのに何もしないなんてできるもんですか!」
「話を最後まで聞いてください。克彦さんはね、メントスコーラで、むせたんですよ」
「はい。でもむせるくらいなら人間は死にませんよね? あ、わかった! むせた克彦を何者かが……、いやメントス自体を無理やり」
刑事は手帳を机の隅に強く置いて、私の言葉を遮った。そして、まるで祈るかのように自身の手を揉み、話し始める。
「克彦さんは自分でメントスコーラを飲みましたよ。むせて、激しい咳をたくさんしたんです。そのことがまずかった。一時的に脳の血流が低下し、失神したんです」
まるで相槌を打つかのように、私が生唾を飲み込む音が響く。
「意識を消失した克彦さんは、目の前にあるガラステーブルに思いきり頭をぶつけました。頭を強く打ったことにより、お亡くなりになったんです」
「そ、そんな馬鹿みたいな死に方……」
「事実なんだから変えられません。死に方に馬鹿も賢いもないのです。辛いとは思いますが、ご理解ください」
刑事は席を立とうとする。慌てて刑事の腕を掴んだ。
「待ってください! でも、そんな証拠ありませんよね? 克彦はひとりで亡くなっていたのなら、それを証明するものなんてないじゃないですか!」
刑事は私の手をほどく。
「……あるんですよ。克彦さん、メントスコーラを飲むところから最後まで、動画を撮られていたんですから。『かっちゃんワイワイハッピーチャンネル』有森さんはご存じありませんか?」
「――いや、そんなの嘘! 嘘よ! 克彦は文化祭でも実行委員で、賢い人だったんです!それなのに! そんなのいやあああああ!」
私の叫び声が狭い部屋のなかに響き渡る。
私は思い出していた。仕事に疲れていた克彦が「動画で有名になりたい」と相談してきた日のことを。そして私が、軽い気持ちでそれに返答してしまったことを。
「いいんじゃない? なんかメントスコーラっていうのがよくバズってるよ」
私のあの一言が、彼を殺してしまったのだ。
信じたくない事実だけが、取調室に転がっていた。
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