介護士と小説家の狭間で『介護の花子さん』に触れる。

介護の花子さん

介護の仕事への悪いイメージや偏見は存在します。

2024年9月5日にGakkenから出版された『介護の花子さん』という作品は、近年増加傾向にあるサービス付き高齢者向け住宅を物語の舞台として、そのイメージに対して深く切り込んだ物語となっていました。

とはいえ決して重たい内容ではなく、共感ができて、ほっこりして、きっと読み終わったあとには人が愛しくなる。そんなハートフルな物語です。

今回の記事ではこの作品への感想を、自分の思い出話などを交えながら話せたらと思います。

著:あさばみゆき
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私はどんな人間か

まず最初に、『介護の花子さん』はYA(ヤングアダルト)層に向けた出版物です。かといって、その年代じゃないと楽しめないという作品ではありません。純粋にお仕事小説を読みたい人、介護の仕事に興味がある人、今現在誰かの介護をしている人、家族や自分が介護を受けることになるかもしれない人にも楽しめる内容となっています。

もちろん、私もこのような記事を書きしたためるほどにこの物語に心を動かされました。
ただ、私自体は読者のなかでも珍しい方の存在かもしれないです。

私は今、小説家として仕事をしているけれど、以前は介護士として働いていました。

それも、サービス付き高齢者向け住宅の管理者をしながら、併設する訪問介護事業所のサービス提供責任者として働いていました。わかりにくいかもしれませんが、会社で言うならば副社長ぐらいのポストです。

つまり、物語の舞台で長年過ごしてきた人間だということ。

私は在職中に重度の腰椎椎間板ヘルニアを発症しました。
悩みに悩んで退職し、その治療中に書いていた小説が書籍化し、今に至ります。

介護士として、作家として、当然ほかの読者より物語を見る視点は厳しくなるかもしれません。
(あさばみゆき先生からしたら、なんと迷惑な話だろう……)

だけど、その立場の私から見ても、この作品は物語としてドラマティックに、かつ介護業界やそこで過ごす人達に対してとても真摯に、丁寧に綴られていました。

介護の花子さんとは

かつて介護の仕事は、「3K(暗い・きつい・きたない)」などと呼ばれたが、今はまったく違う。そこは、「命」と「人生」に向き合うことのできる、最もドラマチックな仕事の最前線である。泣いて笑って感動して、仕事の素晴らしさに触れる、最高の物語。

学研出版サイト:介護の花子さん内容紹介より

内容紹介としてはざっくりしているかな?と感じたので私なりの補足を書かせてもらいます。

主人公の花は、大学を卒業したものの就職活動がうまくいかなかった。目標もないまま、流されるように「サ高住」で働くことになってしまう。そこには気難しそうな入居者や、花とは対照的に介護という仕事に真面目に向き合うスタッフなど、様々な人との出会いが待っていた。就職活動に成功し、夢に向かっていく友達。それと比べ、介護をしている花。家族や友人からも「介護」という仕事をしている花には憐憫の目が向けられている。そのなかで失敗を繰り返しつつも、花は介護というものを通して、たくさんの人と、そして自分と向き合いながら成長していく。

介護の3Kって有名ですよね。有名=その悪いイメージはよく広まっています。
3Kどころか、4Kの方が有名かもしれませんが……(笑)

介護の4Kは『きつい・汚い・危険・給料安い』などです。

こう言っちゃなんですけど、それはイメージではなく真実のひとつとも言えます。
介護業界において目を背けてはいけない事実です。

なので、その3Kを「違う!」「そんなことない!」「介護って楽しいのよ!」と言っているだけの物語が私は嫌いです。
そんなの、人を騙して介護の仕事に呼び込もうとすることと一緒だからです。

少し恨みっぽくなってしまいましたね。
『介護の花子さん』は、このイメージをただ「違うよ!」言っているだけの物語ではありません。

介護の世界に取り巻く問題にもちゃんと触れつつ、そのうえで「3Kがあったとしても、介護の仕事だからこその感動や尊さ」をしっかり作品に落とし込んでくれていました。

この押しつけがましくないスタイルは、前述したどんな読者にも寄り添ってくれるでしょう。

花に直面する様々なトラブル

介護士として道を歩み始めた花には、様々な問題が起こります。

初めて会った入居者に嫌われたり、自分のミスで大きなアクシデントが起こってしまったり、挙句にスタッフとも不仲になってしまったり……。もう散々です。

私みたいな介護経験者は、物語の冒頭で花がしている行動が介護保険法から逸脱した行為だとわかってしまうので、最初からひやひやしっぱなしです。同じ職場だったら、最初は花のこと嫌っていたかもしれません。笑

その事前にだめなことがわかるのは決して物語を楽しむにあたってマイナスな印象にはなりません。

介護のことをよく知らない読者は「え?こんなのダメなの?」という発見や気づきになると思いますし、介護経験者は私のような視点で楽しめますのでご安心ください。介護知識の有無が試されて、施設内の研修でも使えると思いますよ。

起こるトラブルが本当に「サ高住あるある」すぎて、何度も頷きながら読んでいました。

もし本書をきっかけに介護士を目指す方がいて、実際に現場に入ったら「これ、介護の花子さんで読んだやつ!」というアハ体験ができるかもしれません。

サ高住は有料老人ホームや特別養護老人ホームと混同されることも多いですが、そのどれとも違うかなり特殊な立ち位置です。介護施設ではなく賃貸住宅ですからね。初めてサ高住で働く人も、本書を読むことで大きな気づきを得ることができると思います。

特殊な職場だからこそ、介護を題材にした作品のなかでもサ高住を舞台にした物語が世に出たことは、業界にとっても大変嬉しいことだと思います。

取材協力も制作協力もたくさんの人が関わっていて、法的な部分や介護の技術的な部分も丁寧に埋められていました。

かといって専門用語が出まくったり説明がくどくなっているイメージはありません。専門職は物語の行間をより楽しめる構成になっているでしょう。

介護の仕事とは

読後は前向きな、きらきらとしたものを心に残してくれます。

それは介護の3Kがありつつも、なお輝くものです。

私は介護の現場から離れて、久しぶりに「介護の仕事とは?」というものが何かを考えてみました。

今の私の答えは「介護とは、考え続けること」です。

主人公の花、サ高住で働くスタッフ、入居者、その家族、そして本人。

現場では様々な介護観がぶつかり合います。

一律的な正解はなく、それぞれの環境やその人に合わせた介護をしていくしかありません。

だから、考え続けなければいけないんです。

その難しさと、その仕事の尊さを『介護の花子さん』は、物語を通して私に思い出させてくれました。

『介護の花子さん』をおすすめしたい人

どんな人にも楽しんでもらえる作品ですし、たくさんの人に届いてほしい作品です。

ただ、どうしてもおすすめしたい人を挙げるならば……の話をします。

今、私は介護の現場にいません。突然辞めてしまった後悔をたくさん抱えながら、物語を紡いでいます。

だけどこの作品を読むことで、今も私は介護の仕事が好きなんだな、と心の底から信じることができました。

だから今、介護の仕事を辞めてしまった人、辞めるしかなかった人に、この作品をおすすめしたいと感じています。

介護の現場を離れた人の心の中にも、きっと花がいます。
辛かったことに、できなかった思い出に、環境に負けてしまった出来事に、優しく寄り添ってくれる作品です。

私は短大(介護福祉士養成校)の教授などに、さっそく教えようと思っています。

介護福祉士会もこの作品をもっと宣伝すべきです。あとドラマ化もしてほしいです(この長い記事だけでもたいがいなのに好き放題言ってごめんなさい!)。

素晴らしい作品を世に出してくれたあさばみゆき先生、そして『介護の花子さん』に関わられたすべての方、ありがとうございます。

ずっと手元に置いておきたい、大切な一冊と出逢うことができました。

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