◆実話怪談
◆1,000字
児童養護施設に勤めるJからこんな話を聞いた。
施設に入所する児童は家庭の理由や虐待など、深刻な問題を抱えているケースがほとんどだ。
小学二年生のユウタくんもそのひとりだった。
いつもはおっとりした性格で、甘えん坊。
ただ、ときどき目つきが変わって別人のようになることがある。
そんなときは、決まっておかしな発言をしていた。
そんなことも、ここでは珍しくない。
ある日、ユウタくんが施設の空き部屋に入っていったのを見た。
倉庫代わりに使っている部屋だが、児童が欲しがるようなものは入れていないはず。
Jは気になってユウタくんを追った。
「ユウタくん、なにしてるの?」
ユウタくんは部屋の中心にぽつんと立ったまま答える。
「先生、あそこの壁が濡れてる」
ユウタくんは天井に近い壁の部分を指さしていた。見た感じでは、いつもと変わらない。
水漏れもないし、変わった妄想をしているのかもしれないとJは思ったそうだ。
「濡れてないよ。大丈夫だから」
「濡れてる」
ユウタくんの目は据わっている。
こうなったらしばらくは動かない。ユウタくんがいつもの様子に戻るまで、Jはそばにいた。
そんなことが何度か続いた日、またユウタくんが空き部屋に入っていった。
またか……と内心ため息を吐きつつ、その部屋に入ると、いつもと様子が違う。
ユウタくんが指さしていた壁は、じわりと水に濡れていた。水滴が壁を伝っている。
そして、なぜかユウタくん自身も濡れていた。頭から水を被ったのかと思うほどに濡れていたので、Jはすぐにユウタくんのそばに駆け寄る。だけど、また目が据わっていて、こちらの声は届いていないようだった。
空き部屋には水道はない。ユウタくんは入るときにもなにも持っていなかった。だいたい、水を汲めるような道具は浴室にあるが、児童同士の性的トラブルを防ぐために基本的に施錠している。結局、壁が濡れている理由も、ユウタくんが濡れていた理由もわからなかったそうだ。
「一応確認したんだけど、汗とか体液でもなかったんだよね」
Jは不思議そうに教えてくれた。私は気になって、今はその部屋をどうしているのかを聞いてみた。
「施錠しているよ。ユウタくんが退所したあとに、別の子も言い出したんだよね。『あの部屋の壁、濡れてる』って。言い出した子が退所したらまた次の子が言う。四人目でもう閉じちゃった」
壁が濡れる理由は、未だにわからないそうだ。
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