◆実話怪談
◆1,000字
ちいちゃい気配
同僚のCさんからこんな話を聞いた。
Cさんは当時、サービス付き高齢者向け住宅で介護職員として働いていた。この職場は比較的元気な高齢者が多く、夜勤もひとりでしていたそうだ。
夜中の三時、Cさんはいつものように事務所で雑務をしていた。入居している高齢者は皆静かに寝ていて、事務所のなかも時計の音ぐらいしか聞こえない。Cさんは以前、とても忙しい施設で働いていたそうで「こんなに暇なのにお金をもらってもいいのか」とよく考えていたそうだ。
こまごまとした書類を整理し終わって少し休憩しようとした時に、何か気配を感じた。
それは小さな気配だったらしい。
「ほら。ゴキブリとかねずみとか、見えないのになんかいるのがわかる時あるでしょ。あれと似たような感覚」
Cさんはその時のことを思い出しながら話してくれた。ゴキブリやネズミだったら何か対策をしなければならないし、事務所のなかをくまなく探してみたが、結局何も見つからない。机の下なども覗いてみたが、見つかるのは埃ぐらいだったそうだ。
「でもな、ちいちゃい気配はずっとあるし、動いてるんよ。なんか気味悪いなぁって」
そう思っていた時、事務所の窓のブラインドが揺れた。Cさんはそれを見て合点がいった。蒸し暑いからと窓を開けていたことを思い出したからだ。
窓から入る風を勘違いしてしまったんだな、と胸を撫でおろし、窓を閉めようとブラインドを上げた。
窓の外には、事務所を覗くお婆さんの顔があった。
窓の下側、腰の高さほどの位置から事務所を見上げている。
Cさんは驚き、窓から離れた。入居者の方……ではない。あんな顔の人は知らない。第一、事務所に近い玄関には施錠をしてあるから外には出られない。近所の人……かもしれないけど、こんな夜中におかしすぎる。
激しく鳴る自分の心臓の音をどうにか落ち着かせ、Cさんは玄関の照明を点けた。
普通の人なら電気に気付いてどこかに行くだろうし、もし――お化けの類でも明るかったら消えるだろう。そう考えたからだ。
パッと建物の周りが明るくなる。事務所の窓からもわかるほどだ。
Cさんは恐る恐る窓に近付いていく。先程のお婆さんはもういないように見えた。
「良かった……近所に認知症の人でもいたんかな、って安心したんよ」
Cさんは自分自身の腕をぎゅっと握りながら話す。
「だけどな、次の巡回の時にいたんよ。身長100㎝くらいのお婆さんが、廊下に」
「腰が曲がってるわけでもない。小学生に、お婆さんの顔だけを貼り付けたみたいな……ちいちゃいお婆さんが……」
Cさんは、今でも小さな気配を感じると、その老婆のことを思い出して背筋がぞっとするのだという。
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