療養病棟

療養病棟

◆実話怪談
◆1,000字

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療養病棟

 同じ病院で働いていた看護師の鈴木さんから聞いた話だ。

 当時、私達が働いていた病棟は療養病棟と呼ばれるものだった。
 様々な理由で、長期に渡る療養が必要な患者のための病棟だ。自宅に帰れない人も多いため、この病棟で人生の最期を迎える人も少なくない。
 かと言って、寝たきりの人だけがいる訳でもない。頻繁にナースコールを鳴らす患者は必ずいる。多忙な業務のなか、いくら白衣の天使でもストレスは溜まる。特に、よくナースコールを鳴らす黒田さんというお爺さんには、スタッフも対応に困っていたそうだ。

 夜間に何度もナースコールを押しては「寂しい」「押してみただけ」等と言われることも多く、スタッフはナースステーションでよく愚痴り合っていたらしい。

 鈴木さんが夜勤に入る日、申し送りで黒田さんが亡くなったことを報告された。死因は持病の悪化だったが、眠るように亡くなったらしい。鈴木さんはあれだけ騒がしかった黒田さんとの別れを惜しんだが、内心「これで夜間も少し落ち着くな」とほっとしていたそうだ。

 夜中の二時、ナースステーションに「アマリリス」が流れる。ナースコールが押されたのだ。呼び出し元は、黒田さんがいた病室だった。鈴木さんは一瞬寒気がしたが「他の患者が間違って入ったのかもしれない」と思い、病室の確認へ向かった。

 病室に入ると、そこには空のベッドがあるだけでも誰もいない。「はぁ」とため息が出る。鈴木さんは看護師としての経歴も長く、何度かこのような現象に遭遇したこともある。たいていナースコールの不具合だったりするものだ。ナースコールの電源を一度落とし、ケーブルを差し込み直す。
 これで大丈夫だろう。そう思ってナースステーションに戻ると、またアマリリスが流れる。黒田さんがいた病室だ。気味が悪いが、確認しないわけにもいかない。

 もう一度病室に向かうが、やはり誰もいない。

 これから巡回もあるのに……と鈴木さんは苛立ちを覚えた。思わず、そこにいないはずの黒田さんに話しかけてしまった。

「黒田さん。あのね、あなたはもう亡くなったんですよ。いつまでも病院にいたら困ります!」

 静かな病室に、鈴木さんの声だけが響く。もちろん、返事はない。
 鈴木さんは我に返り、「何を言っているんだろう」と自分を責めた。

 病室をあとにしようとしたその時、耳元で「ごめん」と囁く声が聞こえた。
 それは、間違いなく黒田さんの声だったそうだ。

「自分が亡くなったことに気付いてなかったのかもねぇ」と、カラカラ笑う鈴木さんは、今でもその病院で働いている。

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